ARTEMIS Blog

2020年3月24日

今の時代は「夢を持て」とよく言われます。

 

夢を持つのが良いことで、なるべく夢が叶うよう努めます。

そして、それが良いことだと殆どの人が信じていることと思います。

僕もそれを強く否定する気はありませんが、僕の価値観はちょっと違います。

 

僕も夢がありますが、本当に望む未来には「夢」ではなく「志」を持ちます。

ニュアンスでいうと

夢は「叶ったらいいなぁ~」

志は「~を達成する!」

こんなイメージの違いを感じます。

 

実際に神社にお参りに行っても皆さん「~が叶いますように」

とお願いする方が多いと思いますが、僕は

「~を達成する!」「~になる!」

というような意志表明をします。

この場合あくまでも「意思」ではなく「意志」です。

 

それでは、何故誰もが志ではなく夢を持つようになったのでしょうか?

そこには根深い事情があって、終戦直後までさかのぼる必要があります。

 

戦後GHQが行った政策に3S政策というのがあって、その目的はスクリーン、スポーツ、セックス等の娯楽によって日本民族の高い精神性を崩壊させることでした。

この日本人の高い精神性の象徴が「志」だったのです。

 

GHQは高い精神性を崩壊させる為に日本人に「夢」を持たせたのです。

それでは、志と夢は何が違うのでしょうか?

 

「夢」 Dream 叶っていないこと (なるといいな~)

 

「志」 Will 目的を持って動く気持ち (~になる!) 決心決意がある。

 

この決心決意が大きな違いです。

退路を断つ覚悟があるのが「志」です。

 

ですから夢があるんだと言いながら、実は志を持っている人も多くいると思います。

「富士山に登る!」とか「フルマラソンを完走する!」とかいう夢を達成した人は、

実は夢ではなく志を持っていた人だと思います。

 

散歩がてらなんとなく富士山の頂上に来た、なんて人はいない訳で

しっかりした目的意識つまり志があったはずです。

 

戦後一時期「志」という言葉は教科書に載せられなかった、ということなので

我々は、表現方法として「志を持つ」より「夢を持つ」の方が使い慣れてしまったのかもしれません。

僕は過去に志を持ち大きな決心をした後で、熱を出すという経験を何度もしたことがあります。

夢を持ったでは、こんなことは起きないです。

 

志を持ち決心して行動していると、出逢う人が変わったり、必要な人との出逢いが訪れたり

流れが変わってきます。

決心して行動をし始めた直後は、富士登山でいうと1合目~2合目あたりをウロウロしている状態ですから

登山とは関係無い人もいっぱい居る状態ですが

上に登って行くに従って、富士山に登る!

更に、頂上に立つ!

という人ばかりになってきます。

 

志の方向に向かって進んでいくと、結果仲間がいて

気づけば、同じ目標を持った仲間ばかりになります。

 

志を持たない人生は、惰性でなんとなく日々生きてしまいます。

大切なこの人生

是非、志を持って行動し仲間を増やし達成感を味わって頂きたいと思います☆

ちなみに、僕にも夢はいくつかあります。

「宝くじを当ててハワイに別荘を持つ」とかです^^

夢を持つってこんなことだと思っていますww

 

 

今回は挿絵に虹の写真を入れてみました。

自宅のベランダから見えたものや、お台場、沖縄、ハワイなどで撮れたものを挿し込んでみました。

それぞれ思い出が蘇ります。(^-^)